県立図書館についてのヒアリング
山﨑 知佳 氏
※ 元県立図書館協議会委員(H26.7.1~H28.6.30)
九州保健福祉大学講師。延岡市在住。法律。政治。
コミュニティ論(地域福祉)。福祉教育。
ヒアリング日 平成28年6月10日(金)
聞き手 清家・向江(生涯学習課)
文責 生涯学習課
宮崎の地域性
- 宮崎県は面積が広く交通手段も限られ、中心地に行くまでに費用がかかる。知識の供給が県庁所在地など県の中心地だけでなく周辺地域にも満たされるようにする必要がある。
- 今は生活が便利になり、一人でできることが増え、縁を切りやすい世の中だが、都会では人口が多い分、仲間を見つけやすい面もある。一方、地方では人口が少ない分、縁を切りにくく、否応なく多様な価値観の人々と支え合わざるを得なくなる。それがかえって地方ならではのチャンスかもしれないと思っている。
- 所得格差からくる教育格差だけではなく、教育の情報化が進む中、情報格差が教育や地域の格差を生んでいる。宮崎の地域性(面積等)を克服する、新しい非来館型の知の創造の仕組みを作っていくことが大切だ。
生きる力と読書、人との関わり
- これから学力だけでなく「生きていく力」が大切である。生きていくには「考えて生き抜いていく力」と「生きたいと思う力」が必要だと思っている。
- そこで、周囲の人との関わりと読書が救いになるだろう。社会と自分との対話、自己との対話の中で、自己を確立していくことができる。また、読書により、違う考え方に触れたり、自分の中のもやもやが言葉になっているのを見つけたり、それぞれ自分の世界があってもいいのだ、と気付くことができる。
子育て世代の図書館利用の問題
- 子育て中は、子ども連れで図書館の大人の本のあるコーナーにさえ、たどりつけない。まして館内で調べものをするのはさらに難しいことを知る人はどの程度いるのだろうか。その困難さが「知識を得る」ことへの諦めにつながっていくのではないか。
- 公費で託児を設けるのは難しいかもしれないが、互いに助け合うこともできるのではないか。今、家族だけでは孤立化していく。情的なネットワーク、これらの方々が閉じこもるのではなく社会と交流できるような開いた環境も必要なのではないかと思っている。
「子育て支援」ひとくくりではない、細やかなニーズの把握を
- 幼児の親、小学生の親、中学生の親が求めるもの、それぞれ皆違う。一つの時期を乗り越えると次の問題がふりかかり、個人として、目の前の現状への対応に終わる。もっと社会全体の問題として、それぞれのニーズを把握して問題の改善を図ることの視点から、図書館の施策を考える必要があるのではないか。
Web上の高度な情報提供サービスの充実を
- ネット上では、本当に有用な情報は有料である。外国では行われていると思うが、県民が有料データベースを地域の図書館や自宅で使えるようにするなど、高度な学習支援につながる事業を県が各地の図書館で展開できるようにしてほしい。
役立つ蔵書を見せる
- 地域の課題解決に役立つ図書館の蔵書が、まだまだ知られていない。
鳥取県の出前図書館、県庁図書室等のように、有用な蔵書のある事を見せていくことが大切だと思う。 - 本を自費で買って、熱心に勉強している市の職員も多い。彼らは県立図書館にも役立つ本がある事を知らない。まずは、県職員からかもしれないが、その場で県立図書館の蔵書がどう使えるか、実証していくことが必要ではないか。行政職員のトップ層に認知されれば、下にも浸透していくのではないだろうか。
- 行政だけではなく、企業、地域団体に対しても同様であり、核となる人に役立つことを示し、波及させていくといい。
読書は「楽しい」だけでいいのか
- 「読書は楽しい」とは、言いやすくはあるが、本来は押しつけられることではない。
子どもに読むことで大人も楽しみを見つけるという「楽しみ」はあるかもしれないが、大人に伝えるべきは、読書の生活していく上での「利点」だと思う。今、学び直そうという気持ちのない人も、本当は学びを必要としている。技術革新のスピードの速い現代、学び続けなければ生活・仕事はその本質を見失った単なる「作業」として縮減していくのではないだろうか。 - 「学び」としての読書の推進について、図書館は真剣に取り組むべきである。
親の学びへの関心
- 大人自身の学びに対する意欲、学び続ける意欲がなくなっていることをひしひしと感じる。親と子ども、両方のケアをしていかなくてはならない。
- 県外から宮崎に来て、大人に学校以外で知識を吸収する環境が無い。よほど積極的にならないと、知識を得る機会に気付かない。宮崎では知識を得る必要性が「見えない化」していると感じる。都会のように知的刺激がないことで、学び続けるかどうかは、個人の意欲・行動力にかかっている。
- また、大人自身が学びの大切さを感じることのないまま成人しているので、子どもの学びにも関心が薄い。これは教育格差の一要因となり、総じて地域格差にもつながる。
「知への渇望」の掘り起こしを
- 「知の需要」の前提となる「知への渇望」を掘り起こすことが必要である。
本が借りられるところ、というだけの図書館の役割・機能であってはならない。住民の潜在的要求は何か。それに応える道筋をつけているか。住民が利用した結果、社会のどこの面と関わりをもつようになったのか。何が可能性として花開いたのか意識していくべきである。
学び直しの難しい社会で図書館のできる事
- 人が自立して生活するには、学びが必要となるが、社会生活(仕事)や、育児・家事など家庭での時間がとられ、学び直しに必要な費用の捻出や学ぶ時間の確保が難しい。
- 学び直しを図書館だけで支援するのは難しいかもしれない。ハローワーク+ソーシャルワーカー+図書館など、単体だけでなく他と連携して行っていくプランが必要なのではないか。
ひきこもり等の問題と図書館
- ひきこもりの人など、図書館で受け入れる体制などがあると良いのではないか。図書館だけではない話になるかもしれないが、現状を受容できない中、同世代でいられる学校以外の場所が重要なのではないかと思っている。県立図書館でモデル的に行い、次に市町村の図書館で普及できないのか。
- 県立図書館が市町村図書館や社会福祉協議会等と連携して知のセーフティネットとして、引きこもっている人の「居場所」を作ってもらいたい。
認知症の方を介護する家族の図書館利用の問題
- 認知症の親等を連れて図書館に行った場合、そのお世話で、本を調べることが難しい場合がある。
働く世代が高度な情報検索について学ぶ仕組みを
- 単なる初心者向けのインターネット講座ではなく、図書館の専門性を生かして、高度な情報探索技術等を積極的に住民に教えていく必要があるのではないか。
学校図書館とは異なる調べ学習を
- 子どもたちに文献を調べる方法を図書館で教えてほしい。学校図書館では授業内容のための調べ方が中心になるのではないか。公共図書館であれば、本来の学び、自分で問いを見つけ本当の知識を身につけていく過程を体験できるのではないか。単発ではなく連続で学ぶ機会をつくり、子どもたち答えのない世界を生きていく力にしてほしい。これからは、地域の課題を子どもが自分で見つけ、自ら考えることが必要だと思う。